毒入り菓子殺人事件(その2)

ただちに警察は殺人事件と断定し、捜査が開始された。警察はまず郵送された菓子の出所を追った。

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問題の菓子は池袋のデパートで販売されたものだった。郵送した場所は豊島区の郵便局窓口だった。対応した局員によると野球帽をかぶった小太りの中年男性だったという。犯人は被害者がこの菓子が大好物で週に2,3回は食べていたことを知っていた人物ということになる。

そして郵送を依頼した人物は、窓口での行動も不審だった。野球帽や半そでの青いポロシャツという目立つ格好もそうだが、自分の名前や住所を書く際にあえて左手を使ったり、住所を書くのを拒んだり普通でない行動をしている。悪事に慣れていないのか、あえて捜査を攪乱する目的なのかはわからない。


被害者の周辺についても事情が明らかになってきた。この中華料理店は経営していた父親が二年前病気で倒れ、兄弟二人で経営を受け継いだものらしい。兄弟とは被害者とその弟である。となると、私たちがみたあの若い男は被害者の弟だったのだろうか。親密さからは確かに兄弟のようにも見えないことはなかったが、風貌はまったく似ておらず正反対のタイプとも言えるほどだった。それに記事によると被害者は44歳、弟は42歳ということだが、若い男はそれよりももっと若く見えた。

私たちがみたあの若い男の正体はいったい誰だったのだろうか。



 

毒入り菓子殺人事件(その1)

かなり前のことになるが朝刊の一面でこの記事が掲載された。

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私は驚いて言葉が出なかった。私はこの店に頻繁に出入りしていた時期があり、店主もその娘も顔見知りだったからだ。あくまで店と客の関係なのでそれ以上に親しかったわけではない。記事を読んであらためて知ったことのほうが多い。しかし、この店には当時からなんとも言えない不思議なムードがあった。

私たちがこの場末の店に頻繁に出入りしていたのはこの事件をさかのぼる3年ほど前のことだ。この店の近くに音楽スタジオがありそこでバンドの練習をしていたのだが、それが終わるとこの店でみんなで食事をしてとりとめのない話をしていた。当時、店にはいつも家族と思われる一団が、さほど繁盛していない店内でのんびりと午後の時間をつぶしていた。登場人物は調理担当の店主、小さな女の子、若いウェイトレスの女性、そしてもう一人の若い男、そして会計担当の年配の女性の5人である。店主は太った髪の薄い無愛想な男だった。記事によると弁護士志望だったらしいが、そういう雰囲気は確かにあった。若い男は店主とはとって変わってさわやかな二枚目だった。年配の会計の女性は生活感がにじみ出ていつも疲れた様子だった。私たちは彼らがどういう家族構成なのかいつも噂をしていた。

記事には、死亡した店主は44歳、そして妻は28歳とある。ウェイトレスだったあの若い女性はあの店主の妻で、小さな女の子は二人の娘だったわけだ。まずそのことに驚いた。

私はこの事件の進展を自然に追いかけることになった。

それはなぜか。それは店主の妻、つまり若いウェイトレスの女性がとても美しい女性だったからだ。新聞では当然そのことを報じていないが、私は事件の背後にはそのことが絡んでいるはずだ、と直感したのである。

ちなみに娘は一命を取りとめた。しかし、事件は急展開を見せて意外な結末を迎えることになる。


面白がる

面白いわよね、世の中って。「老後がどう」「死はどう」って頭の中でこねくりまわす世界よりはるかに大きくって。予想外の連続よね。面白がることよ。楽しむというのは客観的でしょう。中に入って面白がるの。面白がらなきゃ、やってけないもの。この世の中。

 

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初心忘るべからず

世阿弥の「風姿花伝」を読んでいてこの一文を見つけた。

されば、初心よりの以来の、芸能の品々を忘れずして、その時々、用用に従いて取り出だすべし。若くては年寄りの風体、年寄りては盛りの風体を残すこと、珍しきにあらずや。しかれば、芸能の位上がれば、過ぎし風体をし捨てし捨て忘るる事、ひたすら、花の種を失うなるべし。その時々にありし花のままにて、種なければ、手折れる枝の花のごとし。種あらば、年年時々の比に、などか逢わざらん。ただ、返す返す、初心忘るべからず。されば、常の批判にも、若き為手をば「早く上がりたる」「劫入りたる」などとほめ、年寄りたるをば「若やぎたる」など、批判するなり。これ珍しき理ならずや。十体の内を彩らば、百色にもなるべし。その上に、年々去来の品々を、一身当芸に持ちたらんは、いかほどの花ぞや。

 
よく耳にする「初心忘るべからず」は世阿弥のここから引用されていたのだった。

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